音楽療法における音楽の概念は大きく二つに分けられます。まず、音楽を体験することそのものが治療の中核(music as therapy)となる捉え方。そして、音楽を疼痛緩和の為のBGM(能動的聴取とは異なる)やムーブメントまたはドラマなど、他の主軸となるモダリティの補完的な役割 (music in therapy)としての活用。どちらがいいというものではなく、大切なことはクライアントの抱えている問題に寄り添い適切な方法が選択されていくことであり、一回のセッションの中で融合されていくこともあります。今回,音楽をas therapyとして用いる『ノードフ・ロビンズの“創造的音楽療法”』を紹介したいと思います。
米国の作曲家でピアニスト、ポール・ノードフとイギリスの特殊教育者、クライブ・ロビンズとによって創始され、主に即興演奏を用いた個人・集団音楽療法のアプローチです。二人は、ロビンズが勤務していたシュタイナー系の全寮制による障碍児施設「サンフィールド・チルドレンズ・ホーム」に、当時、大学教授だったノードフがサバティカルを活用し訪問した際、運命的に出合うのです。重度の障碍児のシュタイナー教育の適応に限界を感じていたロビンズは、自閉症の子ども達がノードフの躍動感溢れる鮮明な音、かつ繊細な優しさをもって心の琴線に触れていく即興演奏のダイナミクスに触れ、彼ら自らが意気揚々と自己表現をしていく姿、あるいはコミュニケーションの糸口が開かれていくプロセスに立ち会いました。二人はその後、世界各国での教育活動と研究、執筆を展開し、新たな障碍児教育への扉を開いていきました。
創造的音楽療法にとって大切な概念の一つとして「ミュージックチャイルド(music child)」がありますが、どんなに重度の障碍を持っていても、誰もが生来的に音楽に反応し、それは世界を“受容し、認識し、表現し、そしてコミュニケーションする能力の集合体”(Nordoff,P. & Robbins, C. 2007) として人格形成や発達の中核になり得ると考えられています。
現在、ヨーロッパやアメリカ、アジアにトレーニングセンターがありますが筆者は2005年から1年間をニューヨークのセンターで過ごしました。スーパーバイザーから“クライアントが楽譜である。あなたは言葉やスマイルよりも音楽でクライアントと繋がりなさい”と言われた事が強く印象に残っています。マサチューセッツ州にある表現アーツセラピーの老舗レズリー大学院を修了して間もない頃だった為、音楽以外のモダリティへの関心が高かった時期でもありましたが、音だからこそ出来ること、音楽でないと出来ないこと、なぜ音楽なのかといった自問の日々となりました。それは普段の生活では得難いとても豊かな日々となり、臨床家としてどのように生きていきたいのかと考えるプロセスでもあったと思います。いまは教育者として、センターで育んで頂いたエッセンスが少しでも学生に還元できたらいいなと思い、今日も試行錯誤しております。
引用文献
*Nordoff, P. & Robbins, C. Creative Music Therapy: A guide to fostering clinical musicianship (2nd Ed). Barcelona Publishers. NH. 2007
*高田由利子(2011). 音楽療法の4つのアプローチをめぐって—各理論の特徴・長所・短所について―Ⅲ. ノードフ・ロビンズ音楽療法(創造的音楽療法) 音楽心理学音楽療法研究年報,40, 13-17
高田由利子:ミュージック・セラピスト